gasonの徒然なるままーに

不惑になるのはいつのひか

映画 - バンク・ジョブ

強盗をはたらくシーンまでは、程よい緊張感あるものの、
ありきたりといえばありきたり。

このまま特に心躍ることなく、エンドを迎えるのだろうかと思いきや、
対立する組織が複数、
心情、身体的なアクションが琴線に触れ、
ギリギリの音を奏でるような緊張感の中で交渉が続く。

強奪した、王室のスキャンダル、というのはちょっと無理やり感否めないけれど、
ジェイソン・ステイサムの重厚感ある強さと、
一定の緊迫感を維持したままに物語が進んでいく様。

見終わったら、思わず小さなため息を漏らして、満足。

映画 - ★この世界の片隅に

 

純朴な色使いがリアルな日常をよく表現している。
(原爆投下時でない)空爆の描写も、
悲惨な現実というよりは、淡々と現実を壊していく様子が心へズキンとうったえてくる。

平凡な幸せ、というのがこの令和の時代と比べると違う形なのかもしれないが、
どことなく、懸命に生きる姿がむしろ、現代の私にとって正に幸せを掴もうとしているように見える。

コトリンゴさんの曲は美しく、繊細で脆く響く。

誰が、どこが、一概に悪いと言っているのではなく、
人の感情が生まれて、合わさって、
そうして遠いところに生まれた形の無い悪が、
一瞬の閃光で生まれた場所を破壊する。

感情移入してポロポロと泣くでなく、
行き場のない感情が溢れて、泣いてしまった。

 

呉生まれ、広島市育ちの私、もう何度も見たい映画。

 

北条遥 - リライト

タイムパラドクスが好みな方には是非とも。

 

コレがあーなって、ソーなって、ドーなった。でもコレが変わっちゃったから、ドーなるはずがないんだよ。でもドーなるためにはドーしなきゃいけない。。。とかってとにかく勢いが面白い。ジュゲムジュゲムの境地である。
論理は極まるとラップであり矛盾をはらんでおり、しかし林でなく森を見ようとしたら、一つの森でしかない。
ただ、なかなかに空気がうまく奇妙な生き物が住む森でした。

映画 - ビッグフィッシュ

氷山の一角が嘘だと思うなら、
氷山のすべてを見ようとしてみよう。
嘘と思っていたものが、実はいかに澄んでいて、
通して遠くまで見えるか分かるから。

つくり話。
自分を過剰に良く見せるためではなく、
ただ人を幸せにしたいがためにする、話。

息子としては大人になるほどに、父の話は
つくりものらしく、ホラに聞こえたのだろう。

だが実際に触れ合う人はどうだろう。
つくり話以上の思い出を父に、エドワード・ブルームに、
抱いているのではないか。

自分の経験してきたことを大きく話すことが出来ることは、
これから経験することを大きくすることの出来る人だ。

そんな彼が過ごして来た日々を
愛おしく思える、息子が気持ちになったときに、
感謝の水が降り注ぎ、自由に泳ぐ場所を父に与えた。

才もつもの

才は賽となって転がった際に最高の機会を得て、差異を生み彩を添えた歳を経て再びまみえん。

 

才能というのは得るか否かがまずサイコロの目のようであって、

また最も大切なのは人との機会である。

 

その中で違う道を苦しまながら進む人が、

(場合によっては生を終えた後という遅いタイミングに)

彩りを人生に与えられ、歳月を経て多くの新たな人々に再び

見初められるのである。

映画 - レオン 完全版

殺し屋、孤独少女、二人とも純粋で、目一杯背伸びをしている。

ミルクしか飲まず、文字を読む学も無い殺し屋は
本当は殺し屋になどなりたくなかった。

孤独少女は、唯一の助けだった弟が殺されてしまい、
復讐をせざるを得なくなった。

二人がたまたま出会い、ともにミルクを飲み、
文字を教え、仕事を教え、
極めて日常的に距離が近づいていく。

また殺し屋として少女がパートナーとして成長していく様子、
この描き方が秀逸で感情移入させられる。

ラストシーンでは少し「グラン・トリノ」を彷彿とさせる。
純粋な気持ちから自己犠牲をはらうということに、
見返りを求めずに人のために生きて死ぬという生き様に、
私は心動かされてしまう。

映画 - らせん

医学的な見地から呪いを紐解こう!という流れは好みではあるのだが、
貞子という「抽象的な怖さ」が「個人的な嗜好」のように感じてしまい、
いわゆる幻滅してしまう映画。

人類みな貞子、というのが最終的な目的であり、
それが人類の次なる進化の過程だというのは急にぶっ飛び過ぎ。

「なぁ、お前は生きてる。一体何をしたんだ!?教えてくれよ!」

の答えが出せない主人公にちょっと笑ってしまった。

恐怖映画の科学的なオチをつけようとして、
恐怖そのものが無かったことになってしまった、
続編ものとしては致命的な一作。